さて、アレクサとの会話を終えた私は食材の調達に出かけた。
エビとスナップえんどうのガリバタ炒め、なめことチーズの温奴、そしてささみともやしの和え物。
いくばくかの不安はあれど、それほど難しい買い物にはならないはずだ。
はたしてスーパーへと乗り込んだ私は、つい10分前の暢気な己を叩きのめしたい気分で打ちひしがれることとなる。
スナップえんどうが無いのだ。
ふっくらとかわいらしい緑の春野菜。
茹でるだけでほの甘く、しゃきしゃきほっくりとした小気味いい歯ごたえは、醤油とマヨネーズをあわせただけのソースで食べても十分に満たされる愛しいあの子。
今の季節であれば、グラムいくらの量り売りで野菜売り場に並んでいそうなものなのに、どこを見渡せど見つからない。
通い始めて10年はゆうに経つ(それゆえに顔見知りも多い)スーパーで、普段は8割を酒と炭酸水が占めるカゴを手に、迷わずレジへ向かうアラフォーが、「スナップえんどう…、スナップえんどう…、」とつぶやきながら野菜売り場を徘徊している図は、控えめに言ってあまり心証がよろしくない。
下手をすれば、このスーパーへ通うことすらままならなくなるかもしれない。
仕方がない、ここは一旦引いて、他のスーパーへ向かってみよう。
と、スーパーをはしごすること3軒。
スナップえんどうが売られていない。
どういうことだ?
スナップえんどうはいつからこんなに入手困難な野菜になったのだ?
不作か?今年は不作なのか?
まさかアレクサは、スナップえんどうをあえて指示することで、今年の農作物状況に関する何らかの危機をも私に教えようとしていたのか?
ここいらのスーパーは既に探しつくした。
時間は刻々と流れていく。
もはやここまでか、と思われた最中、私の目に産直市場の文字が飛び込んできた。
JAが運営しているらしいその市場、近くにあることは知っていたが、今まで一度も足を踏み入れたことは無かった。
まさかこのような理由で来店することとなろうとは夢にも思わなかったが、一縷の望みをかけて車を駐車場へとすべらせた。
財布を握りしめ、一目散に野菜売り場と思しきスペースへ向かい、ただひたすらにスナップえんどうを探す。
人生でこれほどまでにスナップえんどうに焦がれたことがあっただろうか、否、無い。
おそらくこれからも無いであろう。
むしろ、無いと願いたい。
葉までぴんぴんの新玉ねぎ、色鮮やかな人参、泥のついた新じゃがいも。
どれも、なるほどいかにも新鮮でおいしそうな野菜が並んでいるが、スナップえんどうが見当たらない。
ここも、このコーナーにも無い。
ああ、これまでか、すまないアレクサ、不甲斐ない私を許してほしい。
膝から崩れ落ちそうになる己を鼓舞しながら、残り少ない野菜コーナーを巡る。
するとそこに、あったのだ。
ピーマンの袋に潜むように、それはあったのだ。
スナップえんどうが1袋。
お値段198円。
頭の中にロッキーのテーマが流れる中、神に感謝するがごとく掲げたそれを、産まれたての子猫のように胸に抱き、1歩1歩踏みしめるようにレジへ向かう私。
会計をしてくれた女性の顔に恐怖が色濃く浮かんでいたような気がするが、おそらく気のせいであろう。
なぜなら私は勝ったのだから。
彼女もきっと心の中で、諦めることなくスナップえんどうにたどり着いた私を称えてくれていたに違いない。
これでもう大丈夫だ。
今日の夕食はしあわせが約束されたも同然だ。
意気揚々と帰途につき、自宅のドアを開け、ようやく1つの事実に思い至った。
まだこれから作るんだったわ。