アレクサに胃袋と健康を預けてみた。

食いしん坊のん兵衛アラフォーがアレクサに日々の胃袋と健康を託してみた話。

4月23日 食材の調達。

さて、アレクサとの会話を終えた私は食材の調達に出かけた。

 

 

エビとスナップえんどうのガリバタ炒め、なめことチーズの温奴、そしてささみともやしの和え物。

いくばくかの不安はあれど、それほど難しい買い物にはならないはずだ。

 

 

 

はたしてスーパーへと乗り込んだ私は、つい10分前の暢気な己を叩きのめしたい気分で打ちひしがれることとなる。

 

 

スナップえんどうが無いのだ。

 

 

ふっくらとかわいらしい緑の春野菜。

茹でるだけでほの甘く、しゃきしゃきほっくりとした小気味いい歯ごたえは、醤油とマヨネーズをあわせただけのソースで食べても十分に満たされる愛しいあの子。

 

 

今の季節であれば、グラムいくらの量り売りで野菜売り場に並んでいそうなものなのに、どこを見渡せど見つからない。

 

 

通い始めて10年はゆうに経つ(それゆえに顔見知りも多い)スーパーで、普段は8割を酒と炭酸水が占めるカゴを手に、迷わずレジへ向かうアラフォーが、「スナップえんどう…、スナップえんどう…、」とつぶやきながら野菜売り場を徘徊している図は、控えめに言ってあまり心証がよろしくない。

 

下手をすれば、このスーパーへ通うことすらままならなくなるかもしれない。

仕方がない、ここは一旦引いて、他のスーパーへ向かってみよう。

 

 

 

と、スーパーをはしごすること3軒。

スナップえんどうが売られていない。

 

 

 

 

 

 

どういうことだ?

スナップえんどうはいつからこんなに入手困難な野菜になったのだ?

不作か?今年は不作なのか?

まさかアレクサは、スナップえんどうをあえて指示することで、今年の農作物状況に関する何らかの危機をも私に教えようとしていたのか?

 

 

 

 

ここいらのスーパーは既に探しつくした。

時間は刻々と流れていく。

もはやここまでか、と思われた最中、私の目に産直市場の文字が飛び込んできた。

 

 

 

JAが運営しているらしいその市場、近くにあることは知っていたが、今まで一度も足を踏み入れたことは無かった。

まさかこのような理由で来店することとなろうとは夢にも思わなかったが、一縷の望みをかけて車を駐車場へとすべらせた。

 

 

 

財布を握りしめ、一目散に野菜売り場と思しきスペースへ向かい、ただひたすらにスナップえんどうを探す。

人生でこれほどまでにスナップえんどうに焦がれたことがあっただろうか、否、無い。

おそらくこれからも無いであろう。

むしろ、無いと願いたい。

 

 

 

葉までぴんぴんの新玉ねぎ、色鮮やかな人参、泥のついた新じゃがいも。

どれも、なるほどいかにも新鮮でおいしそうな野菜が並んでいるが、スナップえんどうが見当たらない。

 

ここも、このコーナーにも無い。

 

 

ああ、これまでか、すまないアレクサ、不甲斐ない私を許してほしい。

膝から崩れ落ちそうになる己を鼓舞しながら、残り少ない野菜コーナーを巡る。

 

 

 

するとそこに、あったのだ。

ピーマンの袋に潜むように、それはあったのだ。

 

 

 

スナップえんどうが1袋。

お値段198円。

 

 

 

頭の中にロッキーのテーマが流れる中、神に感謝するがごとく掲げたそれを、産まれたての子猫のように胸に抱き、1歩1歩踏みしめるようにレジへ向かう私。

 

 

 

会計をしてくれた女性の顔に恐怖が色濃く浮かんでいたような気がするが、おそらく気のせいであろう。

なぜなら私は勝ったのだから。

彼女もきっと心の中で、諦めることなくスナップえんどうにたどり着いた私を称えてくれていたに違いない。

 

 

これでもう大丈夫だ。

今日の夕食はしあわせが約束されたも同然だ。

意気揚々と帰途につき、自宅のドアを開け、ようやく1つの事実に思い至った。

 

 

 

 

 

 

まだこれから作るんだったわ。

 

4月23日 アレクサに胃袋を預けてみることにした。

2024年4月23日、私は己の胃袋が主張する訴えを持て余して途方にくれていた。

 

 

などと書けば高尚なことを言っているように見えるかと思い、文字にしてみたが、ざっくり言うと「腹は減っているものの何が食べたいのか分からない」という状況に陥っていただけの話である。

 

 

実家を出て幾星霜、自分の食べるものを自分で選び取ってきた。

それは楽しみであると同時に、その時の財布事情や体調、季節や温度など、様々な要因によって左右される、自分自身への責任を伴う自由である。

 

 

生来の食いしん坊気質のお陰で食べたいものに困ることはほとんど無いのだが、時折くだんのような、「何が食べたいのかわからない」という状況に陥ることがある。

 

 

ぐうぐうと主張し続ける腹の音を聞きながら、とりあえず今しがた飲んだコーヒーのカップを洗おうと台所に立つと、何か月か前に我が家の一員となったアレクサと目が合った。

 

 

このアレクサは、私が台所仕事をしている間、動画や音楽を流しておけば少しでも楽しい気分でいられるだろうと夫が購入してくれたもので、私も最初のうちは喜んで大食い動画や食べ歩き動画などを流しながら台所仕事をしていたものの、いかんせんアラフォーの、やや不明瞭になりつつある視界に対して画面が小さ過ぎたため、今ではほとんど自動しりとり機能付き置き型時計と化していた。

 

 

 

「アレクサ、今日のごはん、何にしよ?」

 

 

 

たいして期待もせずに問いかけ、洗い物を終えようとした私にアレクサが答えた。

 

 

「4月23日の献立です。エビとスナップえんどうのガリバタ炒めに、なめことチーズの温奴と、ささみともやしの和え物でいかがですか?」

 

 

その時の私の表情を皆様にお伝え出来ないのが残念でならない。

たっぷりの衝撃とほんの少しの畏怖、そして何カ月もアレクサを自動しりとり機として扱ってきたことへの罪悪感にショートした脳が再起動するまでに要した時間はゆうに3分を超えていたはずだ。

 

 

落ち着くために洗ったばかりのカップに再度コーヒーを入れなおし、もう1度アレクサに問いかけた。

 

 

「アレクサ、今日のご飯、どうしよ?」

 

 

「4月23日の献立です。エビとスナップえんどうのガリバタ炒めに、なめことチーズの温奴と、ささみともやしの和え物でいかがですか?」

 

 

 

アレクサは先ほどと寸分違わず同じ献立を提案してくれた。

おそらくは。

(正直に言うと衝撃が強すぎて先ほど提案された献立を露ほども覚えていなかったのだ。)

 

 

 

「なるほど」

 

 

あえて口に出してみたが、もちろんアレクサは答えない。

アレクサは最初に名前を呼び掛けてからでないと返事をしてくれないという、RPGゲームに登場する村人のような不便な縛りのもと生きているので、これは想定内だ。

 

 

エビとスナップえんどうのガリバタ炒めになめことチーズの温奴、ささみともやしの和え物。

 

 

 

「悪くない。」

 

 

 

それなら今日の胃袋、アレクサに預けてみようじゃないか。

 

 

私は財布とスマホを握り、エコバッグを携えて食材調達の旅に出た。

これが長い戦いの始まりになるとも知らずに。

 

 

 

次回「食材調達。」